yamaさん 春を告げる
「灯り」とはシーンの中 映画や文章、歌詞などの中で
「情景を彷彿とさせる」存在であることも多分にあります。
最近は姿や性別、年齢も公開されていないアーティストさんの楽曲を
楽しませてもらえたり、
発信も受信も、たくさんの可能性が広がっているんだな、と感じています。
yamaさんの「春を告げる」も素敵な歌声
そんな新しい?発信形態の中に
「灯りの灯らない蛍光灯」
なんて歌詞を見ると
新しいのか、懐かしいのか、
そもそもLED蛍光灯じゃ、文字面も情緒も合わないし・・笑
蛍光灯の最後の危なっかしい、灯り方(ともりかた)って
きっと誰しも、想像ができるんだな、って思います。
だんだん、想像できる人は減ってはくるのだと思いますが。今のところは。
イラストに畳の縁(へり)が描かれているのも(笑)
新しいのか、懐かしいのか、と不思議な気持ちになります。
畳こそ もう知らない人も多いのでは。
昨年、打ち合わせで「欄間(らんま)」が通じませんでした。
確かに欄間もおウチにはないから、知らない、のかもしれません。
新しいモノの中に懐かしいさを感じたり
記憶の中の情景を思い返したり。
その時に灯りの存在って、結構紐付いてることが多いと感じています。
「印象」に光のイメージ、陽の光の感じなども 一緒に焼き付いているのかもしれません。
こんな感じがいいよね、の中には
記憶の中の「いいよね」が含まれていたりします。
設計もデザインもその「いいよね」、を共有していく作業の1つだと思っています。
光環境設計室
菊原 啓子
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